【私が通訳になるまで34】通訳学校と通訳科5(絶体絶命の進級試験)

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

 

 前回はサイマルアカデミー通訳コース通訳科(現通訳3&4)の試験形式と中間試験についてお話ししました。中間試験後は通訳科後期になり通訳科の授業自体はまだ続いて行きますが、授業内容はここまで書いたものでほぼ網羅しているので、後期の授業内容は省略し、今回は通訳科から同時通訳科(現会議通訳1&2)への進級試験を振り返ります。

 

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 前回試験形式の説明の際に書いた通り、通訳科以降の試験ではお題は試験の数分前まで知らされません。そんなタイミングでお題だけ教えられて、自分に馴染みのある話だったらこんなにラッキーなことはありませんが、そんな奇跡はまず起こりません。起こるとしたらそれは奇跡ではなく、ひとえにその人の日々の努力の賜物です。そして当時の私の知識量は、その領域にはまだ遠く及ばない状態でした。

 

 進級試験当日。自分の予約時間の少し前に待機スペースに入り、お題の書かれた紙を見ました。英日の試験はCSR(Corporate Social Responsibility / 企業の社会的責任)に関するものとのこと。ビジネス関連の一般的な内容だといいなぁなどと甘いことを考えていました。

 

 試験は英日から始まりました。試験では話の流れを把握するため、冒頭のポーションは聞くだけのポーションです。その聞くだけのポーションでさっそく背筋が凍りました。

 

「...知らない単語がある...(冷汗)」

 

 その単語が大きな意味を持たない単語であることを祈りつつ、ブザー音に続いて流れてきた通訳用のポーションを聞いてメモを取るペン先が震えました。

 

「...まずい!これがキーワードだーーーー!!!(涙)」

 

 辛うじて分かったのは”ph”で始まる単語だということだけ。聞いたことのない単語とその単語をど真ん中に据えて進む内容の見えない話に、初めて「訳を出せないかもしれない」という恐怖を感じました。

 

 これは試験であり、実際の仕事の現場ではありません。ワンポーション丸々黙って何事も無かったかのように次のポーションの通訳をしても、「ごめんなさい、分かりませんでした」と試験を放棄しても、困るのは先生たちの信用を失い進級もできない自分だけです。あの時ギリギリの状態で私がこんなことを考えていたかどうかは覚えていませんが、「絶対に黙らない」と食らいつき訳を絞り出したことだけは覚えています。

 

 私は、実際の仕事では絶対にやってはいけないことだと頭の隅で思いながらも、キーワードを回避して分かった箇所だけ落ち着き払った声で訳しました。緊張で声が震えない性質で良かったと、通訳をするようになってから何度感じたか分かりません。この時も目の前で見ていた先生方には全ての緊張が伝わっていたはずですが、後でパフォーマンスを聞き直してみると全くぶれのない声で驚きました。

 

 この通訳科後期では、担当の先生がとても印象的な言葉を教訓として聞かせてくださりました。

 

「低空飛行でも良い。墜落しないことが大事。」

 

 この試験の時ばかりは機体のあちこちが地面に触れているような状態でしたが、自分がコントロールできているうちは絶対に手を離すまいと無我夢中で踏ん張りました。

 

 何とか英日の全てのポーションを黙らずに乗り切った後の日英は、全ての言葉が分かる安堵感からかなり落ち着いて余裕を持って訳すことができました。訳しづらい日本語的表現の箇所すらも、この日だけはありがたいとさえ思ったほどでした。

 

 試験から数日後、合否通知のガイダンスがありました。先生の前に座ってすぐに、テストのダメ出しが始まりました。 

 

「この単語知らなかったんですか?これくらいはこのレベルなら常識です。」 

「知識も語彙も全然足りない。」 

 

 普段は温厚な先生からの厳しいコメントに、たじたじどころか押し黙るしかなく、もう早く「また来学期も頑張ってくださいね」と言って欲しいと思っていたその時、先生の言葉に耳を疑いました。 

 

「確かに貴女の知識や語彙は今のレベルには全然足りません。でもお若くてポテンシャルがある。それを買ったということで、一生懸命勉強して知識を詰め込むという条件付きで、上へ行っていただきましょうということになりました。頑張ってくださいね。」 

 

え...?それって...進級...ってことですか? 

 

「はい。条件付きですがね(笑顔)。」 

 

 パニックでそれ以上言葉が出ませんでした。 ただ、「ありがとうございます」と「頑張ります」だけは言った記憶があります(笑) 

 

 因みにこの時評価された点としては、重要な情報の漏れがあったりや単語自体が分からなかった中で、それでも拾えた部分だけは訳出し、その部分では誤訳も無く、とにかく黙らないで最後までしゃべり続けたのが良かったのだそうです。しかしながら最後に念を押されました。 

 

「我々通訳者はね、とにかく何でも知っていなければいけません。普通の人のレベルではダメです。あらゆる分野の専門家と同じレベルの知識、あるいは分からないことがあっても質問できるレベルでなければいけません。しっかり頑張ってくださいね。」 

 

 ちなみにこの時の単語が何だったかと言うと、”philanthropy”です。試験教材の中では「慈善活動」という意味で使われていました。

 

 毎日寝る間も惜しんで勉強していた当時、前後の文脈から意味が予想できない単語やスペルから意味が想像できない単語はかなり少なくなっていました。それにも関わらず、一発勝負のその一回に全く分からない単語に出くわしてしかもそれがキーワードだなんて、ある意味ではこれも奇跡的な確率でした。しかしながら当時の私の知識は直近のたった2~3年で手あたり次第に詰め込んだもので全体的に見るとまだまだ足りないものが多く、この経験は当時の私の実力に見合った結果だとしか言えません。単語の難度や内容を考えてみても、確かにもっと勉強しておきなさいよというレベルでした。

 

 かくして私は通訳科から同時通訳科への一発合格を果たしました。茨の道は更に険しさを増して続いて行きます。

 

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