英語力よりも大切なこと(映画「マダム・イン・ニューヨーク」を観て01)

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

 

 先日、「マダム・イン・ニューヨーク」という映画を観ました。原題は「English Vinglish」という、ボリウッド映画(インド映画)です。ちなみに原題のVinglishという単語には特に意味はないようです。語呂合わせのようなものなのでしょう。

 

 ボリウッド映画はこれまで観る機会がなく今回が初体験だったのですが、ビギナーズラックなのかとても心に残る素敵な映画でした。私の講座の生徒さん達やこのブログを読んでくださる方にもぜひおすすめしたい映画ですので、紹介記事として私の感想や意見を2回に分けて書きたいと思います。

 

 

 この映画の主人公は、インドに住むインド人家族の母親シャシ。インドでは英語は準公用語とされ、ビジネスや教育でも幅広く使用されている言語です。シャシの夫と子供達は仕事や学校で使うので当然のように英語を話しますが、家事の傍ら自宅でお菓子を作ってご近所さんに売っているシャシは英語を使う機会が無くほとんど話せません。英語ができないことを家族に馬鹿にされ傷つき自信を失うシャシ。そんな彼女が姪の結婚式のためにニューヨークへ行くことになります。式の準備を手伝うために家族より先にニューヨークへ渡ったシャシは、「4週間で英語が話せるようになる」という広告を見て現地の英会話スクールに通うことを決意。様々な国籍と背景を持つクラスメイト達と共に学びながら日々増えて行く「分かる」「できる」を楽しみ、限られた時間の中でなりたい自分を求めて突き進む彼女の想いの強さに胸が熱くなります。英語を学んだことがある人であれば誰でもどこかに共感できる映画です。

 

 第1回目の今回は映画の前半、英語ができないことで主人公のシャシが辛い思いをするシーンについての考察です。

 

 ひとつ目は先ほどストーリーの紹介でも触れた通り、彼女の家族の態度です。特に彼女を傷つけるのが、娘サプナの言動。シャシが「ジャズ」という単語を英語発音で言えないことを笑ったり、学校での面談でも英語ができない母親をあからさまに恥じたり、「どうせママは英語できないでしょ」と直接的な言葉を投げつけたりたりします。その度にシャシは傷つき、押し黙ってしまいます。

 

 親に対してあまりにも礼を欠いた態度であるとか、それを助長しているのが父親の男尊女卑的な考え方であるという点はここではおいておきましょう。ここでは英語学習的な視点からこれを考えたいと思います。

 

 英語が苦手な母親を笑ったり恥ずかしく思うサプナの態度に、私はとても腹が立ちました。苦手な人が仕方なくでも英語を口にする時の不安な気持ち、それを笑われて傷つく気持ち、その積み重ねで更に英語を使うことへのハードルが上がってしまう辛さ...そのどれも全く想像できないサプナの態度は、子供だからと言って許されるものではありません。母親が英語ができなくて恥ずかしいのなら、できるようになってもうらうためにその都度敬意を持って教えればいいのです。

 

 日本の英語学習者の中にも周囲に対してこういう態度を取る人が目につくので、警告も込めて書いておきます。誰かの英語を「笑う」「馬鹿にする」は何も解決しません。相手を深く傷つけた結果として一瞬だけ優越感に浸れるだけです。それはコミュニケーションではありませんし、英語の正しい使い方ではありません。英語は、言語は、コミュニケーションの道具です。他者と優劣をつけるための道具ではありません。コミュニケーションには言語よりも大切なものがあります。「相手を思い遣る気持ち」です。これが欠けている人はどんなに英語力が高くても英語の使い手としては最低です。せっかく高い英語力があって相手に学ぶ姿勢があるのなら、ぜひ「馬鹿にする」ではなく「高め合う」という方向にその力を使ってほしいと思います。

 

 そしてこれを馬鹿にされた側のシャシの視点で考えると、ここは盛大に怒って良い場面です。母親としてももちろんですが、「分からないのだから馬鹿にするんじゃなくて教えてよ!」と声を荒げて良いところです。もちろん、日本の英語学習者のみなさんもそうです。強い気持ちで行きましょう。

 

 もうひとつ印象に残ったシーンは、シャシがニューヨークで一人でカフェに入るシーンです。とても不機嫌で意地悪な店員に分からない英語でまくしたてられて、散々な目に遭います。

 

 これもコミュニケーションとしてはあるまじきことです。明らかに英語が分からない相手に対して、分からないであろうと認識しながらあえて分からない言葉を繰り返すのは意地悪以外の何ものでもありません。それも後ろに長い列ができている中でオーダーを取るという状況で英語でまくしたてて相手を威嚇するなどあってはならないことです。

 

 私はこのシーンを見ながら、私があの店員側だったらどうするだろうと考えていました。聞き取りと発話力が不十分な中、シャシは「ベジタリアン、サンドイッチ、ウォーター」と伝えます。それに対して店員は「サンドイッチの中身は?」とか「水は炭酸?無炭酸?」とか絶対分からないだろうという言葉を繰り返すのですが、私だったらベジタリアン用のサンドイッチを適当に見繕って、水は無炭酸のものを出します。いくら相手の意図を察する習慣のない英語圏であっても、仕事なのですからこれくらいはできるでしょう。

 

 現実にここまで意地悪な人はあまりいないと思いたいですが、中には分からないと認識していて分からない話し方をしたり難しい言葉を意図的に使ったりする人がいます。そういう人達は、コミュニケーション能力が極端に低い人達であり、自分と話をする気がないのだとこちらから切り捨て、近づかないようにしましょう。どこの世界にも人を不快にするのが得意な人はいます。先述の通り、人を傷つけて優越感に浸りたいという人もいます。そういう人達にいちいち傷ついていてはこちらの身がもちません。こちらも先述の通り、強い気持ちが大切です。何か言われたら言い返せるくらい強くなりましょう。英語力が足りなくて言い返せずに悔しい思いをしたら、それをバネに更に上を目指しましょう。

 

 今回は映画の辛い部分ばかりを取り上げてしまいましたが、この後からストーリーはシャシの英語学習と成長を中心に明るい方向に展開して行きます。次回はその楽しい面を紹介します。お楽しみに。

 

【About Erika】

職業:英語同時通訳者(個人/フリーランス)

現住所:東京

留学歴:3年(アメリカ)

特技:柔道(初段)、ピアノ(弾き語り)

趣味:料理、お菓子作り、食器屋巡り

楽しみ:正月の箱根駅伝、2か月に1度の大相撲観戦(テレビ)、年に数回の柔道国際・国内大会テレビ観戦、年に数回のブロードウェイミュージカル日本公演、不定期の札幌旅行