日本人の人種差別(意図的よりも悪質な無意識の差別)

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

 

 先日偶然、ネットでこんな見出しの記事を目にしました。

 

アフリカ選手を「チンパンジー」通訳がブログに

 

 いやいやまさかそんな...と目を疑いましたが、記事の内容を見て衝撃を受けました。以下記事の要約です。

 

 

 大分県で開催されたマラソン大会でアフリカ人選手の通訳を務めた有償ボランティアの女性(50歳代)がブログで、選手との会話を「原始人とコミュニケーションをしている感覚」「最初はシャイだったチンパンジー達も、だんだんと心を開いてくれました」などと表現し、更に選手たちと一緒の写真を「かわいいチンパンジー達」とコメントを付けて掲載したとのこと。その後このブログは削除されたそうですが、この女性は大会事務局の聞き取りに対し「差別的な気持ちも悪気もなかった」と話したのだそうです。

 

 この記事を読んで、様々な怒りがわいてきました。ひとりの人間としての姿勢、大人としての常識、来年に迫ったオリンピック・パラリンピックでのボランティアのあり方、「通訳」としての責任と意識、等々。

 

 そして何よりもおかしいと感じたのは、これを問題として大きく取り上げない日本のメディアの姿勢です。例えばこれがアメリカで起こったことであれば「人種差別反対!」と騒ぎ立てるのだろうと容易に予想できるのに、日本人が日本国内で行ったこの件についてはまるで無かったことのようになっていることに、強烈な違和感を禁じ得ません。

 

 「東京オリンピック・パラリンピックを来年に控えている今だからこそ大事にしたくない、日本に人種差別があるなんて国内にも国外にも知られたくない」という意識が働いてのことだと推察できますが、そうじゃないでしょう!!

 

 ホームオリンピック&パラリンピックの前年に、ボランティアであれ「通訳」と名乗る人間でさえもこのような発言をする国だという事実を認め、多くの日本人がこの無意識の差別を抱えているかもしれないという前提のもと、オリンピック・パラリンピックに関わる全ての人には基本的な教育をするところから始めなければならないのです。この一件は確かに恥ずかしいことですが、ひとつ臭いものに蓋をしたところで何の解決にもなりません。問題が出てきたのならそこから必要なことを学ばなければ、何のための2020年なのかとも思います。

 

 「日本には人種差別はない」と思い込み、欧米諸国での人種差別を自分とは無関係の非人道的なものとして捉えている日本人は多いと思いますが、日本にも人種差別は存在しています。そして多くの人がその当事者でもあります。こう書いても「自分は違う」と思う人がほとんどだと思いますので、この無意識の差別によく見られる傾向を挙げてみます。

 

  • 「外国人」と聞くと金髪で青い目の白人を思い浮かべるが、「外国人労働者」と聞くとアジア人を思い浮かべる。
  • 外国人が使う日本語について欧米系のなまりには寛大でもアジア系のなまりは「下手だ」と思う。
  • 日本以外のアジアの国は日本より「下」だと思っている。
  • 黒人は上のどの括りにも入らない「よく分からない人達」だと思っている。もしくは特に理由も無く「怖い」と思っている。

 

 日本人の多くは「海外でいかに日本人が差別されるか」には異常なほどに敏感です。「見た目で差別された」「英語のなまりで差別された」はこの代表格です。しかしながら「国内で自分たちがどんな差別をしているか」には驚くほど鈍感で、海外から日本に来る人たちに対して同じように「見た目で差別」「日本語のなまりで差別」を日常的にしているのに、これについては気づくことすらできていません。

 

 無意識の差別というのは、意図的な差別よりもずっと悪質です。意図的な差別はそれが「差別である」という意識のもとで行われますが、無意識の差別はそれを「当然」と捉えているからです。そしてこれは、「肌の黒い人間は知的レベルが低く“家畜”なので所有して奴隷として使役するのは当然」と考えていたアメリカ南北戦争前の奴隷制支持派の意識と何ら変わりないのです。

 

 これを恥ずかしいことだと思うのなら、まずはひとりひとりが自分の中の偏見や差別意識を自覚し、意識を変えて行くことが必要です。私自身、アメリカで差別を目の当たりにし、またこの身をもって経験し、様々な気づきを得てきました。このブログが誰かにとってそんなきっかけになることを心から願っています。

 

 

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