【コラム#9】トランプ氏がヤジる日本人の英語

 こんにちは、同時通訳者英語指導者山下恵理香です。

 

 今回はアメリカのトランプ大統領の発言について考えたいと思います。同氏の発言について、過去にこんな記事がありました。ちなみにこの発言は大統領選挙中当時のものです。

 

【日本人 知的レベル高くとも米では英語下手だけで嘲笑】

 

 いつリンク切れになるか分からないので、一部抜粋します。

 

“ 口を開けば、“反日愛国”的な言説を繰り返すトランプ氏。昨夏、アイオワ州ドゥビュークで行った演説では次のように言い放ち、集まった支持者や野次馬を大いに笑わせた。

 

 「日本人や中国人との交渉事はものすごく大変だ。でも私は彼らの英語力の無さをいつもあざ笑ってやるんだ……彼らは時候の挨拶すらせずに席に着き、『ワタシ アナタ ト ショウバイ シタイ』とブロークン・イングリッシュで切り出すんだ」

 

 滞米経験の長い日本人元商社マンは、日本人の英語を茶化すトランプ氏やそれに拍手喝采する米一般大衆についてこう嘆息する。

 

 「多民族国家・アメリカでは、人種差別以上に“言語差別”が激しい。ネイティブ発音のアメリカ英語が話せない人をバカにする傾向は、役所の窓口やスーパーのレジなど日常生活のあらゆる場面で見られる。日本人や中国人は知的レベルがどんなに高くても、英語の発音が下手なだけで嘲笑の対象とされてしまうのがアメリカ社会の現実だ」”

 

http://www.news-postseven.com/archives/20160416_400686.html より)

 

 ちなみにこれが問題発言部分の動画です。

 

 

 この記事は日本人の英語を考える上でとても興味深い内容なのですが、残念なのはブロークン・イングリッシュの話と発音の話が混ざって扱われていることです。ブロークン・イングリッシュと言うといまいち伝わりきらないと思うのであえてはっきり書きます。ここで彼の言う“くだけた英語”とは“くだけた発音の英語”ではなく、ビジネスでは使えない“稚拙な英語”のことです。

 

 前半のトランプ氏の発言では訛った発音と“稚拙な英語”を口真似をすることで両方馬鹿にしていますし、後半の元商社マンが語る“言語差別”についても、発音に重きを置いているように見えて実際はここにも“稚拙な英語”への差別が含まれています。

 

 そこで今回はあえて前半のトランプ発言部分は“稚拙な英語”に、後半の言語差別部分は“発音”に重点を置き、前後半に分けて書くことにします。

 

 さて記事前半のトランプ氏の発言ですが、訳が少々大げさです。このスピーチの前後を含め聞いてみたところ、訳されているのはこのビデオクリップ部分のみのようで、この部分の発言のみを訳すと、

 

 「日本や中国との交渉の際、彼らは部屋に入ってきて時候のあいさつをすることもなく、“商売がしたい”と切り出すんだ」となります。

 

 “あざ笑う”や“ブロークン・イングリッシュ”と言った表現は、これをより伝わりやすくするために付け加えられたものと思われます。ビデオで彼の表情を見れば、どれだけ馬鹿にしているかは一目瞭然ですね。

 

 トランプ氏のこの発言にただ反感を持ち、「日本人と交渉したければ日本語を話せ」「一生懸命伝えようとしている相手に失礼」「アメリカ英語だってイギリスから見れば訛ってる」と言い放ってしまうのは簡単です。アメリカ人と英語で大切な話やビジネスをする機会の無い人ならば、それで良いとも思います。

 

 これはトランプ氏がウケを狙ってネタにした、白人至上主義のアメリカのアジア人差別です。傲慢です。これを肯定する気はさらさらありません。しかしここではネタにされる側にも問題があると思います。

 

 日本人の中には、「英語はフランク(率直)でフレンドリーな言語」「日本のような堅苦しいあいさつなんかは抜きで、すぐに本題に入るのがアメリカ流=フランク&フレンドリー」「大切なのは気持ち、英語は多少間違えても伝わればいい」といったアメリカや英語に対する思い込みを持つ人が一定数います。私の経験上、ご年配の方に多いかと。

 

 もちろん日本とはあいさつの仕方が異なるのは確かです。“How are you?”の後何を話せば良いのか分からないという方もお見掛けします。しかしいくら相手が合理主義のアメリカ人であっても、名前を伝え、握手をし、そこから席に着くまでの間にいくつか会話を挟むのがマナーです。

 

 何を話せば良いのか分からないのなら、最初から話すことを考えておくことも必要です。あいさつ抜きで本題に入るのはフランクでもフレンドリーでもなく失礼です。日本人には慣れないノリだから仕方ないと考える人もいるかもしれませんが、たかが時候のあいさつと侮るなかれ。この1分にも満たない時候のあいさつで相手はどれだけの情報を得るのでしょう。相手の知識・情報量、興味、話し方や表情から垣間見える性格、英語の語彙、発音等々。この数十秒の間に第一印象が決まってしまいます。

 

 何の前置きもなしに「さあ商売商売」と切り出されたら、誰だって嫌な気持ちになりませんか。完全にアメリカのノリでできずとも、相手を思い遣ったり、相手の興味のあることに興味を持とうとする気持ちは伝わります。日本でもアメリカでも、世界の他の国でも、大切なのは気持ち。相手を思い遣る気持ちです。

 

 また「伝わればいい」はプライベートでのみ通用する言い訳です。

 

 ビジネスでは一言の解釈が結果を大きく左右する可能性を孕んでいます。「なんとなく伝わればいい、なんとなく分かればいい」でするビジネスはとても危険であると共に、相手に対しても失礼です。ビジネスシーンで初対面の相手に“タメ口”で話されて気持ちいいはずがありません。

 

 英語にも大人の英語、敬語があります。

 

 せっかく練りに練ってきた完璧なプランがあったとしても、稚拙な子供英語で大切な交渉を行ってしまっては相手に低く見られますし、伝わりません。相手と同じ土俵に立って話をするためにはやはり、最低限大人の英語を身に付ける必要があります。それを自前で補いきれない場合はやはり、プロの通訳者に任せることをお勧めします。

 

 トランプ氏のことですから、かなり大げさに表現している部分はあると思います。しかし有能なビジネスマンとして彼が仕事をしてきた中で、こんな場面が無かったとも言えないのだろうと思います。日本と中国の区別がついていないのではというネット上のコメントも目にしましたが、映像で聞く限り先に出てきているのは“Japan”です。それだけ印象が強かったと思っていいと思います。

 

 もちろん日本人ビジネスマン全員がこうではありません。しっかりとした大人の英語で自然なあいさつを交わし、上手に相手との距離を近づけられる人もいますし、英語は苦手でも日本語で通訳を介しぐっと相手の心をつかむ人もいます。ただしこんな風に茶化されてしまう例もあるのだと、心に留めておくことも必要でしょう。

  

 次のコラムは記事の後半、“ネイティブ発音のアメリカ英語を話せない外国人に対する差別”についてです。

 

 同時通訳者山下恵理香による英語指導の詳細はこちらのページをご覧ください。

 

 このコラムは当サイト併設の「同時通訳者Erikaのブログ」に掲載している英語学習関連記事を再編集したものです。同ブログでは英語学習以外のトピックの記事も公開しています。併せてご利用くださいませ。

 

前の記事:【コラム#8】コミュニケーション後進国日本・言動編

次の記事:【コラム#10】トランプ発言とアメリカの言語差別

 

英語学習コラムトップへ